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高森明勅
2011.1.3 14:34

驕りと油断の恐ろしさ

『徒然草』109段に有名な「高名の木登り」の話が出てくる。

木登りの達人が人に指図して木に登らせ梢を切らせた。

危なげな時には何も言わない。

するする降りて来て、軒の高さほどになったら初めて

「しくじるな。よく注意して降りなさい」

と声をかけた。

その様子を見ていた人が

「ここまで降りてくれば、飛び降りても大丈夫だろうに。なぜ今頃になって注意するのか」

と訝しんだ。

この時、達人が答えたのは、簡単そうな時こそ油断が生じて危ない、ということだった。

教科書で習った人も多いだろう。

その油断を生む背景には、驕りが潜んでいる場合が多い。

そのことを改めて痛感させる出来事が大晦日にあった。

格闘技ファンなら、こう言えばもうお分かりだろう。

大晦日恒例のDynamite!昨年のベストバウトと言うべき長島☆自演乙☆雄一郎vs青木真也の試合のことだ。

青木はご存じの方には改めて言う迄もないが、彼のクラスでは世界でも有数の総合格闘家。

一昨年の大晦日には、対戦相手の腕を故意に骨折させる、見ている者にとって後味の悪い勝ち方をしていた。

しかも勝った後のマナーも、プロとは思えない最悪の態度だった。

ただ、彼の強さは確かに強く印象づけられた。

一方の長島は、奇抜なコスプレのわりにはそこそこ実力のある立ち技格闘家。

でもアルバートクラウスにKOされたり、飛び抜けて強い選手という感じではない。

だから事前の予想では、世界レベルの青木の敵ではないと見られていた。

試合は1ラウンド(3分)が立ち技、2ラウンド(5分)が総合のルール。

だから、青木は1ラウンドの3分さえ逃げ切れば勝ったも同然、と本人も考えていたし、周りもそう思っていたはずだ。

で青木は1ラウンド、恥も外聞もなく時間稼ぎをし、逃げ回った。

立ち技では、相手が逃げに徹した場合、当てるのは至難という。

やがて無情にも1ラウンド終了の鉦がなった。

この瞬間、青木も彼のセコンドもファンも、その勝利を確信したに違いない。

そこには自覚されざる驕りがあった。

その驕りが取り返しのつかない油断を生んだ。

長島の2ラウンドに向かう表情を見れば分かるが、彼は決して勝ちを諦めていない。

そこに青木は不用意にタックルに行った。

飛んで火に入る夏の虫とはこのこと。

もろ、膝の餌食だ。

膝一閃。

青木の意識はたった一撃で吹っ飛んだ。

長島は勝ちを確かなものにすべく、倒れた青木に更に鉄槌を数発。

その間、僅か3、4秒。

青木としては、タックルで転がして、あとは得意の極め技で好きに料理出来る……はずだった。

秒殺のつもりが逆に秒殺されてしまった。

ここに油断の恐ろしさがある。驕りの恐ろしさがある。

1ラウンドの様子を見ても、相手を舐めきった青木の態度が鼻につく。

あの遊び半分の青木を長島が懸命に攻めようとしていた3分を見れば、具眼の士には青木の敗北はたやすく予想出来たかも知れない。

長島は間違いなく青木に勝った。

何より試合そのものに勝ったし、試合に臨む真剣さで勝ち、更に試合後の、青木のダメージを気遣う優しさと、倒れたままの敗者に深々と一礼をする礼儀正しさに於いて、圧勝したと言うべきだ。

これに対し、青木は長島に負け、プロとして相手が誰でも最後の最後まで全力を尽くすことを忘れた自分自身にも負けた。

まさに教科書に載せたいような、驕りと油断の怖さを証明した試合だった。

私は別に、縁もゆかりもない青木選手を殊更非難しようと思って、この話題を取り上げたのではない。

自分自身にも知らぬうちに驕りが生まれたり、それが油断に繋がることは大いにあり得る。

だから年頭に当たり、そのことを戒める鏡にしようと考えた迄のことだ。

有利な時、得意なこと、十分慣れた自分が強者として振る舞えるはずの場所こそ、却って油断を呼び込み易いのを忘れまい。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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